大判例

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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)2178号 判決 1998年5月22日

控訴人(原告)

大関株式会社

右代表者代表取締役

長部文治郎

右訴訟代理人弁護士

木村修治

被控訴人(被告)

白鶴酒造株式会社

右代表者代表取締役

嘉納秀郎

右訴訟代理人弁護士

中嶋邦明

平尾宏紀

井上楸子

右補佐人弁理士

鎌田文二

東尾正博

鳥居和久

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二1  (主位的)

被控訴人は、一八〇ミリリットル詰容器の清酒を製造・販売するにあたり、原判決別紙目録(一)記載1のラベルを使用してはならない。

2  (予備的)

被控訴人は、一八〇ミリリットル詰容器の清酒を製造・販売するにあたり、同目録(一)記載1のラベル中、同目録記載2の表示部分を使用してはならない。

三  被控訴人は、控訴人に対し、三億一九七四万円及びこれに対する平成五年一月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

(以下、控訴人を原告、被控訴人を被告と称し、その余の略称は原判決の例による。)

次に付加・訂正する他は、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決一一頁四行目「実状」を「実情」に改め、同一二頁二行目「一方、」の次に「五一億円を超える巨額を投資し、」を加える。

2  同一五頁九行目「措」を「措置」に、同二一頁一一行目「One」を「One」に、同二八頁一二行目「「SAKECUP」」を「「SAKE」「CUP」」に各改める。

なお、引用文中の英文字をすべて横書きに改める。

二  原告の当審補充主張

1  原告表示と被告表示との類否を判断するにあたっては、取引の実情として、次の事実を十分に斟酌しなければならない。

(一) 原告は、昭和四六年四月五日、「One CUP」及び「ワンカップ」について、使用による識別性の取得を理由に商標登録出願をしたが、その際、被告をも含む関連業界の多数から、「右商標は、昭和三九年一〇月からの継続使用と販売数量の増大・効率的な宣伝効果により、原告の商品表示として全国的に著名である」との証明書の提出を受けている。その結果、商標法三条二項の適用を受けて昭和四九年に出願公告となり、昭和五四年に商標権を確立した。

(二) 昭和六三年頃より、被告をも含む同業他社が、いわゆる追随商品として、原告表示を意識した青地に白抜きの色調のラベルを使用した類似商品の販売を始めた。被告は、当初、カップ入り清酒に「ハクツルタンブラー」の商品名を付けていたが、平成元年三月頃の新商品から「サケカップ」の商品名を採用した。

(三) その後、原告商品との混同例の報告があったのは被告商品のみであった。原告が実施したアンケート調査の結果では、被告商品以外の商品との間でも誤認混同例が見られるが、市場占有率からすれば被告商品との間で生じた誤認混同例が圧倒的に多い。

原告商品は、廉価で日常的な嗜好品であるから、消費者はラベル等の商品表示にあまり厳密な注意を払わず、一見した印象だけで購入しやすく、誤認混同が生じやすい。現に、学生対象の心理鑑定や無作為に抽出した通行人対象のアンケート調査でも、多数の誤認混同例が報告されている。

2  不正競争防止法は混同行為の防止を究極の目的としているから、表示の類否の判断は、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かの観点、すなわち、一般消費者の立場に立って、両表示の全体的な外観、観念などから、消費者の記憶に基き、異時・異場所において、その第一印象により、商品などの出所が同一あるいは何らかの関連性があるものと感じられるか否かの観点からなされるべきである。すなわち、

(一) 原告商品と被告商品に付されたラベルは、ともに縦長の長方形で青色の基調色であり、いずれも容器の中央部の同じような位置に貼付されていること、ラベルの中でも、ともに商品名が、特に大きく目立つように英文字で白抜きの手法で表記され、面積割合からもラベルの要部的な配置となっていること、特に、被告表示の「CUP」はラベルの半分近くを占める程大きく表示され、それが原告表示の特徴あるデザイン書体「CUP」と酷似し、位置も原告表示と近似していることなどからすれば、被告表示は、表示の外観上全体として原告表示に極めて類似しているというべきである。

(二) 原告表示の知名度は同種商品を圧倒して周知であり、表示が著名であればある程、表示の類似性が低くても混同の生じるおそれが大きくなること、比較的低廉で安易に消費される嗜好品は、厳密な注意を払うことなく安易に購買される上、購入者の層が広く、注意力に高低や広狭が生じざるを得ない実情にあるため、混同のおそれが相対的に高くなる傾向にあることからすると、右(一)程度の類似性があれば、離隔的観察法によって商品出所につき誤認混同の生じる程度にまで類似しているというべきである。

(三) 原告表示には「OZEKI」の、被告表示には白鶴の図柄と「白鶴」の記載があるが、いずれも要部たる「One CUP」や「SAKE CUP」より遥かに小さく表記されているため、これらの記載によっては、「CUP」の共通性による類似性は殆ど減殺されず、識別機能を有さず混同防止に役立っていない。

3  原告は、アンケート調査に関する原判決の指摘を踏まえ、控訴提起後に改めてアンケート調査(市場調査等を業とする株式会社サーベイネットワークに委託した調査)を実施した。

調査対象者は月一回以上の飲酒習慣のある二〇歳から五九歳までの男女(利害関係者を除外せず)とし、通行人を母集団に関東圏で一五七名、近畿圏で一五五名を抽出し、被告商品を単品で凝視する方法、被告商品と原告商品を店頭陳列と同様に並べて至近距離から観察する方法、他社商品を含めたカップ酒を一列に配置し至近距離から観察する方法等を実施した結果、

(イ) 被告商品を単品で凝視する方法によっても、それを原告商品と誤認混同した者が8.3%

(ロ) 店頭陳列方式で観察した方法では、原告表示と被告表示を似ているとする者が77.6%、その理由を文字の形・ロゴ・「CUP」の字体によるとする者が30.1%

(ハ) 一列配置で観察する方法では、原告商品に類似する商品として被告商品を選択した者が86.9%

(ニ) 原告商品を購入した経験者に、購入時他の銘柄と誤認した、あるいは誤認しそうになった経験の有無を尋ねたところ、被告商品との誤認を経験した者が7.1%、誤認に気付いた時を代金支払後とする者がそのうち40.9%

というものであった。

右調査結果からすると、被告表示が原告表示と類似し、多数の混同例を生じていることが明らかである。

三  被告の反論

被告は、被告現表示について、平成九年八月一五日に商標登録を受けた(登録番号第三三四〇一七八号)。原告は、右登録に対し、商標法四条一項一五号(出所混同)に該当するとして登録異議の申立てをしたが、特許庁は、原告表示と被告現表示は非類似であり、右申立ては理由がないとして排斥した。

右のとおり、被告表示は原告表示と非類似であり出所混同のおそれはない。のみならず、商標権は指定商品について登録商標を独占的排他的に使用することができる権利であるから、被告がその所有の登録商標である被告表示を被告商品に使用しても、正当な権利行使として適法であって違法性はなく、不正競争行為には当たらない。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、原告の請求は理由がないものと認定判断する。その理由は、次に付加・訂正する他は、原判決の「第三 判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一1  原判決三四頁三行目「すべて」を削除する。

2 同三五頁八行目「One」を「One」に、同三八頁八行目「「One CUP」」を「「One」「CUP」」に、同頁九行目「三段」を「四段」に各改める。

二  原告表示と被告表示の類似性

1  原告は、表示の類否の判断は、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かの観点から、一般消費者の立場に立って、両表示の全体的な外観、観念などに照らし、消費者の記憶に基き、異時・異場所において、その第一印象により、商品などの出所が同一あるいは何らかの関連性があるものと感じられるか否かの観点からなされるべきであると主張するので、検討する。

(一) 原告表示は、「One」の「O」と「CUP」の英文字が同じ大きさで二列に並び(但し、「ne」は小文字により「O」や「CUP」より少し小さく表示)、合わせてラベル全体のほぼ三分の二を占めていて、これが「ワンカップ」との呼称で原告商品の表示として周知性を獲得している(したがって、同部分が最も見る者の目を引く部分である)のに対し、被告表示は「CUP」の英文字が原告表示のそれと同じ大きさ・書体で、それのみでラベル全体のほぼ半分を占めているから、外観上、両表示は「CUP」の英文字の部分で類似しているといえなくはない。

(二) しかし、被告表示には、最上段に「CUP」の「C」の文字に匹敵する大きさの「鶴」のマークとその横に並ぶ漢字の「白鶴」があり、「白鶴」の字体は比較的大きく、全体として英文字主体の感のある被告表示の中にあって、独特のマークと漢字で構成された部分として特徴的な存在感があり、相当見る者の目を引く部分である。

そして、原告表示が四列に構成された文字がすべて英文字で表されているのに対し、被告表示は三列に構成された文字のうち英文字が二列でマークと漢字が一列であり、両者を比較すると、一見して、被告表示のうち右のマークと漢字で表された部分の特異性が目に付くのであって、いわゆるカップものの清酒については、現時、青地に白抜き文字で構成されたラベルが一般化している(したがって、青地に白抜きというラベルの下地の色彩には自他識別機能を認めることはできない)ことをも勘案すると、離隔的観察方法において両表示を全体として観察したとき、その印象は異なるものがあるというべきである。

とくに、原告表示においては、「One CUP」の表示と呼称が商品主体を表すとともに、最下段の「OZEKI」の表示もそれ自体で商品の出所を明示しているのに対し、被告表示においては、「SAKE」「CUP」の表示には自他識別力がなく、「鶴」のマークと「白鶴」の文字が自他識別力を有して商品主体を直接表していること、しかも、清酒に嗜好を有する需要者は、通常銘柄を選んで購入するのであって、購入に際し、普通の飲酒者が通常の注意を払って原告表示と被告表示を見るときは、原告の商品を表す「One CUP」や「OZEKI」と被告の商品を表す「鶴」のマークや「白鶴」の漢字とは容易に判別することができるものと認められることからすると、原告表示と被告表示とは「CUP」の共通性にもかかわらず、外観上類似していると認めることはできないというべきである。

そして、原告表示と被告表示の称呼や観念が類似していないことは原判決四二頁八行目から同四三頁一一行目までに記載のとおりである。

2 してみると、取引の実情のもとにおいて、離隔的観察方法によって、一般通常の需要者を基準に原告表示と被告表示を観察したとき、外観・称呼・観念のいずれにおいても類似しているものとは判断できないから、原告の右主張は採用できない。

三  原告表示と被告表示との誤認混同のおそれ

1  原告は、各種アンケート調査の結果を踏まえて、原告表示と被告表示との間には多数の誤認混同が生じていると主張するので、検討する。

(一) 原告が株式会社エフエムに委託して実施した意識調査(エフエム調査)の結果を採用し難いことは、原判決四五頁五行目から同四八頁二行目までに記載のとおりである。

(二) 証拠(甲四八の一ないし四、四九の一ないし九、五〇、五九の一ないし一三)によれば、(イ)酒類小売店で「ワンカップ」を買うつもりで誤って「サケカップ」を購入したとする顧客からの苦情があったこと、(ロ)販売店の側でも「ワンカップ」を売るつもりで「サケカップ」を顧客に渡した例があったこと、(ハ)店舗の陳列棚に清酒を並べる際に、「ワンカップ」と「サケカップ」を間違えて並べた例があったこと、(ニ)自動販売機に詰め替える際、同じく間違えた例があったこと等の誤認例が各小売店から原告の営業担当社員等に報告されていることが認められる。

しかし、右(ロ)(ハ)(ニ)の例はいずれも販売店側の誤認例であるが、日々酒類を取り扱っている販売店でこのような誤認をするのは、取引者としての通常の注意を怠った軽卒な取扱いによって発生した過誤にすぎず、誤認混同の例とするには適切ではない。

(三) また、証拠(甲一〇〇ないし一〇四、一〇五の一ないし二一)によれば、原告は、原判決後、市場調査等を業とする株式会社サーベイネットワークに委託して、エフエム調査において問題視された誘導的質問等を改めたアンケート調査(サーベイネットワーク調査)を再度実施した結果、原告が当審補充主張の3で主張するような回答が得られたことが認められる。

しかし、右の調査結果の中には、被告商品を単品で凝視する方法によっても、それを原告商品と誤認混同した者が8.3%も含まれていることから明らかなように、原告表示中の「OZEKI」、被告表示中の「鶴」のマークや「白鶴」の文字の意味を理解して銘柄を識別するだけの注意力をも欠いた対象者が一定数含まれていたといわざるを得ないうえ、通俗的な意味で「似ている」というのが直ちに不正競争防止法にいう「類似」に当たるものでもないこと、しかも、「似ている」との回答は、ラベルの下地が青地に白抜きという点で共通していること(この点に本来自他識別力がないことは前記のとおりである)に相当影響されていると窺われること、さらに、現実に原告商品と被告商品を誤認して購入したという経験者の割合(約七%)は、右の通常の注意力を欠いた対象者の割合より低く、そのうちに含まれる可能性があることからすると、右調査結果が、酒類の需要者として通常の注意力を有する対象者の意識を正確に反映したものとは直ちに言い難い。

(四)  そして、以下2で述べることをも考慮すると、右(ニ)の(イ)や(三)にみられるような誤認例が現実にあったからといって、それが直ちに不正競争防止法にいう「混同」例に当たるものと判断するのは相当でない。

2  不正競争防止法二条一項一号は、類似の商品等表示を使用等して、他人の商品等と混同を生じさせる行為を不正競争としているが、同規定は、不正競争が成立するには、「類似」の要件と「混同」の要件をともに独立した要件として要求し、かつ、「類似」の表示を使用等することによって「混同」が生じることを要求しているのであって、類似性を欠く表示によって混同が生じたとしても、それを不正競争とはしていないといわなければならない。

原告は、不正競争防止法における商品等表示の類否判断は、その出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かの観点からなされるべきであり、原告商品と被告商品との間に前記(二)(三)のような多数の混同例が生じていることは、とりもなおさず、両表示が出所につき誤認混同が生ずる程度にまで類似しているなによりの証左であるから、右のような混同例があるときは、両表示の類似性を認めるべきであると主張する。

しかし、右の見解は、不正競争の成否を判断するにあたり、「混同」の要件に重点をおき、「類似」の要件を軽視ないしは無意義にするもので、両要件を独立の要件として要求している法の趣旨にそぐわないというべきであって、採用することはできない。

のみならず、前記三1(三)の調査によって見られる誤認混同の実態について検討するに、右調査において、原告商品と被告商品とを誤認しなかった者の割合は、逆に九割を越えることとなるのであって、いわば一〇中八、九は混同していないこと、すなわち平均的な需要者においては混同を生じないといいうることのできる本件においては、その誤認例を根拠に、原告商品の表示と被告商品の表示とが類似しているということも困難である。

第四  以上の次第で、被控訴人が被告表示を使用することが不正競争防止法二条一項一号に該当するとは認められないから、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

してみると、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないので棄却すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林茂雄 裁判官小原卓雄 裁判官髙山浩平は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官小林茂雄)

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